2011年もみなさまにとって、幸多い年になりますように
2010年は、世界で地震、火山の爆発、猛暑、酷寒などなど何ごとも起きない日はなく、
私にとってもてんこもりの超特急のような1年でした。
1月に東京でお披露目した新作パフォーマンス「Tri_K」は、その後、神戸、香港、リスボンと公演を重ね、
お陰さまで、今年もまだまだつづいていきそうです。
さらに、来年度は新しいプロジェクトも始まります。
桜の咲く頃、改めてお知らせしたいと思います。
また、自宅で仕事をする傍ら、父の在宅介護を始めて4年になりました。
最近、みなさまから公演のご案内をいただきながら失礼することが多く、残念に思っております。
美術展であれば、会期中、一定の時間の間、自分の都合に合わせて足を運ぶことは出来ますが、
舞台は、「何月何日の何時にここに座りなさい」と命令するのですから。
そのとき、自ら情報を検索して、チケットを予約し、残業も振り切って定刻に会社を出て、劇場に向かってもらうためには、
今、制作者が考えているより、もっと広いコンテクストで解決案を考えていかないと現実に追いつかないと思います。
このままでは作る方も見る方も、ある年齢に達すると舞台との関係を「卒業」していかざるを得なくなるのではないでしょうか。
それと同時に、毎日、平凡な日々が続いていると、時々、とてつもなくトンデモナイものを見たくなります。
日常の中では絶対に見られない価値観で、心に風穴を開けて欲しくなる。
制作側には、社会の現実に寄り添う努力(教育やセラピーという側面だけでなく)が必要ではありますが、
表現は、むしろそんな思惑は持たずに、世界の表層を撫でるのではなく、深く切り込んで行って欲しい。
ずっと以前、パリでピーター・ブルックのインタビューに立ち会ったことがあるのですが、
すでに60代半ばで、世界を代表する演出家であった彼が、稽古場から青いジーンズ姿で現れたのを見たとき、
「ああ、この人は、本当に現役の演出家なんだ」と強く思ったことを覚えています。
そして、「日本で人生の最後まで演劇人で居続けられる人っているんだろうか?」と疑問が湧き、今も定点観測中です。
去年見たもので一番心に風穴を開けてもらったと思ったのは、東京都現代美術館で見た「フセイン・チャラヤン展」。
さらに、それに触発されて読んだ鷲田清一氏の「モードの迷宮」をはじめとする一連の著作。
モードは、身体論とジェンダー論が交差して可視化する点であり、さらに社会と個人の境目である点で、考え始めると楽しかったです。
(「Tri_K」もそういう切り口から見ると、また違った側面が見えてきますので、森下でご覧になった方も再度お運びくださいね!)
映画は、相変わらずアジア映画マニアなので、中国のロウ・イエ監督の「天安門、恋人たち」(現在、新作「スプリング・フィーバー」が公開中)、
ベトナムのトラン・アン・ユン監督の「I come with the rain」(新作「ノルウェイの森」が公開中)が好きでした。
特に、トラン・アン・ユンの作品は公開時に「イケメンの競演」というようなキャッチで宣伝されていたのですが、
キリストの受難が主題になっていて、まだしばらく頭の中で考え続けたい映画でした。
両監督とも、肉体が「肉」であることの生々しさと痛々しさを映像で表現でき、表現に行間の多い人だと思います。
心からお祈りしております。



